「あれは間違ってました」と言える人でいたい

「あれは間違ってました」と言える人でいたい
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一度言ったことを「間違ってました」と覆すことは難しいです。責任が重くなる大人になればなるほど。

でも、そう言える人でいたいなあと思っています。

※一度発信したことは覆せない?

露出の多い人が訂正するのは勇気がいるはず

先日、お気に入りのラジオのパーソナリティーさんが、

あの放送のときはこう言ってたけど、間違ってました、すみません

とお話されていました。


ラジオなど、多くの人が聞いているメディアで

自分の意見を訂正するのって、

すごく勇気がいることだと思うんです。

ですので、最初はちょっとびっくりしました。


でも、その訂正自体は全然気にならなかったし、

むしろ正直に発信するその方がもっと好きになりました。

ごまかしてしまう人が多い

その方のように潔く自分が発信したことを訂正できる人って本当に少ないと思います。


仕事上でも、自分の誤りを認めずに

乗り切ろうとする人って、いるものです。

(そういう人を何度も見てきました)


あと、「一貫した自分」にこだわりすぎる人も、

一度言ったことから引き返せなくなってしまい、

自分で言ったことに縛られてしまうこともあるんじゃないかと思います。


東浩紀さんの「訂正可能性の哲学」という本でも書かれている通り、

人間はどうやったって誤るものなのだから、常に「訂正」し続ける姿勢が大事

と考えています。

身近な人ほど、正直に

ふと、自分の誤りを認めるのって身近な人であればあるほど

難しくなるのでは、と感じました。


例えば、親子関係ですね。

近い存在だからこそ、自分の誤りを認めづらいものです。

でも、親子だろうと自分が誤っていたらちゃんと伝えたほうがいいと思います。


実は私も、

「あのときの私の対応は間違ってたね、ごめんね」

と息子に話したことがあります。本当にそう思ったからです。

でも、そこから訂正に訂正を重ねて、より良い方向にいければ

そのほうがいいと思ってるんです。


人って完璧じゃなくて、

間違えてしまうものです。今でも自分のことを未熟と感じるときが多いです。


もちろん、自分は間違っていないと思ってるのに世間や周りに合わせて訂正することはしません。その代わり、自分がちょっとでも誤っていたと思ったらすぐに認めるほうです。


世渡り下手かもしれませんが、

「あれは間違ってました」

と勇気を持って言える人でいつまでもいたいです。

編集後記

梅雨っぽい季節が始まり、北鎌倉には紫陽花の季節がまたやってきました。

家の周りにはいろんな種類の紫陽花が咲いていて、散歩するだけで楽しいです^^

週末は、溜まりに溜まった本の整理を。ソファが座れなくなった…

最近のあたらしいこと

アトリエ・バニラ鎌倉

1週間に1度くらいはスイーツを楽しみます。気になってた鎌倉にあるロールケーキやさんのケーキをいただきました。