料理は、レジリエンスを鍛えるのに最適

料理は、レジリエンスを鍛えるのに最適
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ジャーナリストの佐々木俊尚さんの新刊、『人生を救う名もなき料理』を読みました。

今まさに、私たちが試されている「レジリエンス」(柔軟性)を、料理を通じて教えてくれるとても素敵な本でした。

人生を救う 名もなき料理

前作から通底している考え方「レジリエンス」

この本では、

  • レシピを使わない(冷蔵庫にあるもので作る、だから「名もなき料理」)
  • 素材、調理方法、調味料などを組み合わせる「積み木メソッド」で水が流れるように料理をする

など、他の料理本とはかなり趣の異なる本です。


でも私が一番いいなと思ったのはこの本に通底している「レジリエンス」の考え方なんですよね。

名もなき料理は、ちょっとやそっとしたことじゃへこたれないレジリエンスの力を育ててくれる。これは私も子どもが生まれた23年前から料理をし続けて実感してきたことでもあります。

佐々木さんの前作の料理本である『家めしこそ、最高のごちそうである。』でも、「不確定な時代だからこそ、基本の食事だけでも確実に」という趣旨が書かれていて、思想が受け継がれています。

というか↓のブログ、約10年前の2016年8月に書いていて、、感慨深いです。

単なる料理本じゃない思想本。ここがすごく気に入っています(もちろん具体的なレシピもとっても面白かったです。「にんじんソースのカルボナーラ」は絶対作る!)

なぜ料理がレジリエンスにつながるのか

普段料理をしない、または料理が面倒(やらなきゃいけないこと)と思っている人にとっては、

「なぜ料理がレジリエンスにつながるのか」

が理解できないかもしれません。


この本にも書かれていますが、何かと自分でコントロールできない不安定な時代だからこそ、自分でなんとか(それなりに)できる料理は人生を救ってくれる。本当にそう思います。

例えば、「レシピありき」の料理は「失敗」が必ず存在するんですよね。

正解(本やネットの素敵な写真)があって、そのとおりにできなければ失敗。

でもそれって本当に窮屈です。

料理は仕事じゃなくて、「生きる」そのもの。もっと動物的でいいと思います。

*カボチャに焼きパン粉をまぶしただけのなんちゃってコロッケ。ドレッシングはもはや買わず作らず、直接オリーブオイルと塩胡椒、マヨネーズをかけるだけになった

例えば、先週末の休日に挑戦したクロックマダム。

卵の割り入れを失敗して(ちょっとよそ見してた)、卵びたしになってしまい。

でも「ま、味に影響はないよね」とそのまま焼いたらフレンチトースト風になりました。

これこそ、レジリエンス!家庭料理は自分や家族が食べるものなんだから、見た目なんて完璧じゃなくてよろし。(実際美味しかったです)

普段作る料理も、佐々木さんと同じ「名もなき料理」です。

冷蔵庫にあるものをただ焼いたり蒸したり和えるだけ。

それで生きていけるんだからいいじゃないか。

「旦那や彼氏の胃袋つかむ料理」とか、「おふくろの味」とか、余計なこと考えさせる本もあるけど、家庭料理はできることを普通にやればいいと思います。

*漬けただけ・和えただけ


いつもと違う環境で道具や食材が少ない場合の料理経験もレジリエンスは鍛えられます。

先月まで1ヶ月ロンドンに行っていましたが、まさしく「いつもと全く環境が違う」状況でした。

トースターなし、オーブンなし、炊飯器なし、調理器具は鍋とフライパンひとつずつと電子レンジだけ、スーパーの米がまずすぎ、、この状況で作れるものを必死に考え、お米の質があまり関係ないリゾットや鍋ひとつで栄養が取れるスープ中心の食事が定番になりました。

トーストはフライパンで焼いてなんとかしました。もちろん、和食は高いし諦めました。

これはこれで「試行錯誤してなんとか美味しいものを作れた!

という感覚がすごくハッピーだったんですよね。

「あーだから外国では美味しいもの食べられないんだよね」と環境のせいにしないで、自分がしなやかになる経験。

自信につながりました。

料理だけでなく人生にも応用できる

この「あるものでなんとかする」「潔く諦める」といったしなやかに生きるためのレジリエンスは、料理だけでなく人生にも応用できると考えています。


例えば、人間関係です。

私もそうですが、どうしても人は他人に対して理想を抱きがちです。

でもそこをちょっと引いてみて、

「この人はここはよくないけど、ここはいいところだな」

「この人にこれを期待するのは間違ってるな」

くらいの付き合い方だとすごく楽になるんですよね。


特に、近い関係である親子や兄弟、夫婦、友達、同僚といった関係にも応用できる考えだと思います。

レシピ通りの完璧な料理を作るのは意気が詰まるのと同様、

完璧な人間関係など存在しないと考えたほうがいい。

*息子にとって、私(母)は完璧とは程遠い(きっと)

仕事も。「これからの時代⚪︎(AIとか)使えないとダメだ!」とか、

「税理士だったらこうするべきだ!」みたいなよくわからない世間の完璧な基準に

自分を合わせるのは疲弊するだけです。

それよりも、目の前に降ってきたものを

おお、そうきましたか、じゃあいっちょ楽しんでやるか

くらいな勢いで流れに身を任せる(でも飲まれないようにする)くらいでいいんじゃないでしょうか。

*自由に泳ぐ魚のように

まとめ

約10年ぶりくらいに出版された佐々木俊尚さんの料理本からインスピレーションをたくさんもらいました。

この10年で、私自身もいろんな経験を通じてレジリエンスがついてきた気がします。

その土台となっていたのが毎日していた料理だと気づきになりました。

「これだけは自分が好きなようにできる」テリトリーが生活の中に広がると、人はもっともっとハッピーになると思います。

編集後記

先週末は、父の喜寿祝い(77歳)ということでホテルのレストランへ。メッセージカードに写真を貼って渡しましたところ、喜んでもらえてよかったです。

そうそう、父親も私が小さい頃完璧じゃなかった。いや今思うと酷かった💦

色々と申したいことはあるけど、まあそれ含めて感謝してます。それがレジリエンスなんだろうな。

元気なうちに、こういうイベントをもっとやっていきたいなあと。

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