先日、英語のラジオを聞いていて

Solitude(ソリチュード)とLoneliness(ロンリネス)

の違いがテーマでとても共感できました。

 

いずれも日本語に直すと「孤独」なんですが、

ちょっと意味合いが違うんですね。

今日は、孤独は孤独でも、適度なソリチュード

は良い、ということを書きます。

※積極的にひとり旅をしています

 

ソリチュードとロンリネスの違い

ソリチュードのほうは、単に「ひとりでいること」です。

ここに「寂しい」「不幸だ」などの感情はありません。

 

それに対して、ロンリネスは「ひとりでいること」に加えて、

「欲しいと思っている人間関係が手に入っていない=寂しい、幸せでない」

という感情が入っている状態を表します。

 

これすごいわかりみーなんですよね。

 

ひとり=ロンリネスと決めつけられることが多い

というのも、私は「ひとり行動」が多いからです。

学生時代は一匹狼のような存在でしたし、

会社員のときいつもランチはひとりでしたし、

海外含め、ひとりでさっと旅へ行ってしまうし、

何をするにもひとりのことが多いです。

 

私は自分が望んで、ひとりで行動しているのですが

その行動を

「ロンリネス」と決めつけられることも多いです。

 

以前、ひとり旅をしたときは近くでお弁当をテイクアウトして

ホテルで食べることが多い、

と知人に話したら「えー寂しいですね」と言われ。

 

私はなんで寂しいのか全く理解できなかったのですが

(外で食べると混んでたりで落ち着かないのでそうしているだけなのですが)

その方にとっては「ホテルで一人でご飯を食べる=寂しい(ロンリネス)」

という図式があったんでしょう。

 

ソリチュードは全く問題ない、ロンリネスは人間関係を見直す。

自分が望んでひとりでいること(ソリチュード)は、

全く問題がないと考えています。

むしろ、積極的にもったほうがいいんじゃないかと。

 

というのも、現代は人や情報が溢れているので

「内省」の時間が必須だと思っているからです。

自分だけの時間は、とっても貴重で贅沢な時代。

ソリチュードな時間は積極的にとった方が良いでしょう。

 

対して、ロンリネスな時間は心を徐々に蝕みます。

ひとりでいるときはもちろん、

誰かといるときも発生する感情ではないかと思うんですよね。

 

むしろ、誰かといるときのほうがロンリネスは

感じるのではないか。

相手がいるからこそ、自分が望む人間関係になっていない

ことを自覚してしまうから。

 

ロンリネスは、自分と向き合い、根本的な人間関係を見直す必要があると思います。

何かしら依存関係がそこにあるから、過剰な期待をし、期待をされてしまうのだと。

 

積極的なひとりを楽しむソリチュードを増やし、

心を蝕むロンリネスは手放していきましょう。

 

編集後記

昨日から、茨城・水戸へ思い立ってプチ旅行。

水戸といえば納豆と思っていましたが

駅前の水戸黄門様の銅像を見て

「あそうだった!」と思わず写真を撮りました。

 

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カフェ&レストラン「プティ・ポワル」

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