SNSの発展により、1億総発信時代とも言われるようになりました。

ただネット含め、普段から自分が発する言葉が

単なる「反応」のではなく、自分の「意見」でなければ

納得した人生を送ることはできないと考えています。

その理由を3つ考えてみました。

*ちきりんさんの4シリーズ目。どれも本当に自分の人生に役立った

世の中には正解はないから

ちきりんさんの本にも書かれていましたが、

本当にいまの教育制度(正解主義)は見直した方が良いと思います。

世の中には正解がない問題ばかりなのに、

あまりに正解ありきの考え方が主流です。

 

例えば、

子どもを私立に行かせるかどうか、家を買うべきかどうか、結婚(離婚)すべきかどうか、など。

これらは自分の「意見」を持たないと解決できない問題です。

でも、学校ではそんなの教えてくれません。

 

意見には「正しい」「正しくない」もないのに、

「あなたの考え方は間違ってます!」

「あなたは法律違反してます!(←調べりゃわかる)」

といった批判が多いですね。

正解がない問題に対して、

人種や性別、年齢問わず様々な意見を出し合っていかなければ、

この複雑化した社会のあらゆる問題は解決できないと考えています。

意見を持たないと、流される・他責になるから

「自分はこうだ!」

という意見を持たないと、

周りに流されて、さらには他責にもなります。

 

一番わかりやすいのは親ですよね。

なにかも自分の人生をお膳立てしてくる親がいたら、

どこかで自分の意見をつきつけなければなりません。

そうしないと、

「親にこう言われたから・・」

とずっと他責思考で生きていくことになり、不幸です。

 

また、発信を単なる反応で終わらせてしまっても同じように

流されてしまいます。

例えば、AmazonやYoutubeなどのコメント欄で

「わたしには全然役に立たなかった。●●ページの部分は要らないと思います。」

「話し方が気持ち悪い。服のセンスも悪い」

などと意見ではなく意味のない反応を書く人がいます。

こういうことを発信していても自分の言葉は磨かれません。

 

最近ではAmazonのレビューは批判的レビューが自動的に表示されるようになってますね。

 

それに、リアルでも同じようなことを、本人の前で言えるかどうかも重要です。

言えないなら、書くべきではないです。

(上記の例だったら、わたしに向かって、

「HSPの強調はしないほうが良いですよ!」と言えるかどうか。強調はしてないつもりでしたが)

TVの前でつぶやくのと違って、ネットでの書き込みは本人に伝わります。

その重要性を意識していないのであれば、致命的です。

ネットとリアルは地続きです。

 

承認欲求を満たせないから

人間誰しも承認欲求を持っています。

アドラー心理学で有名な「幸せになる勇気」という本では、

承認欲求を持つな、とロックに書かれていましたが

わたしは承認欲求は人間の本質なので満たしたい、と思う気持ちが

出てくるのは仕方ないと思っています。

 

承認欲求を満たす際にも、自分の意見を持つことが

大切です。

批判されることを恐れず、

「わたしはこういう生き方が好き!」「わたしはこういう人間だ!」

ということをオープンにしていかないと、多様性のある社会では認めてもらえません。

例えばわたしはこのブログを

少なからず読んでいただいている人がいる理由として、

自分の意見を書き続けてきたこともあるのでは、と考えています。

Twitterでもなるべく自分の意見を臆さず発信するようになりました。(たまにゆるい発信もある)

 

「そうともいえない」「○○とも、△△ともいえる」

とか、意味のない発信ではなく言い切ることが大事です。

 

まとめ

自分の意見を持たないと納得した人生を送れない理由

を3つ書きました。

ただの反応を発信していた方は、

いますぐ自分の意見の発信に切り替えることをお勧めします。

ちきりんさんの本を読んで、

あらためて「考える」ことの大切さを学びました。

学校の教科書にしても良いくらいです。お勧めです。

 

編集後記

昨日は、年一の確定申告のお客様と打ち合わせを。

久しぶりの外出でした。

 

最近のあたらしいこと

ミスターワッフル 横浜ルミネ店

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