ネットに「イドコロ」は求められない理由

ネットに「イドコロ」は求められない理由
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イドコロをつくる

先日、『イドコロをつくる 来世で正気を失わないための暮らし方』という本を読みました。

この本ではイドコロとは、「自分が居心地よく精神を回復させられる場」と定義されています。

人は複数の『イドコロ』、例えば

  • 家族など、生活共同体
  • 強い趣味の集まり
  • 公共空間
  • 小さいお店
  • 有志のオープン空間
  • 文明から離れてひとりになれる空間

を作ることが大切と書かれていました。

特にコロナの影響で閉塞感がある方にお勧めです。

この本の中で、「ネットは『イドコロ』にはなりえない」ということが書かれていました。

これについて、共感できる部分がありましたので書いてみます。

※ベルギーで見かけた素敵なレースのお店※

ネットにイドコロを求められない理由

①多様性がなくなるから

この本では一見心地よい場所になり得そうな流行りのオンラインサロンはイドコロになりえない、

と書かれています。

お金を払って参加する、意識高い人たちの集まりであるオンラインサロンは有意義な面もありますが、

コミュニティになった時点でそこには多様性がなくなります。

リアルでも起こりうるのことですが、ネットのデジタル情報だと

フォロワーやいいねの数など「比較の基準」が固定化されるためさらにそれが起きやすいと思います。

著者は、「(他人に対して)意識高いかどうかを気にするのもつまならない」と断じています。

もちろん自分のビジネスやスキルアップのために、目的を持って参加する分には良いと思いますが、

「心地よい場所」「精神を回復させられる場所」「正気を保つ場所」にはならないと割り切った方が良いでしょう。

②広告が欲望を刺激するから

もうひとつネットがイドコロになりえない理由は、常に欲望が刺激されるということです。

2019年には、ネットの広告費は約2兆円にものぼり、テレビを抜かしたと報道されました。

私たちの「SNS疲れ」は、「いいね疲れ」もさることながらこの膨大な広告(欲求刺激)との戦いではないかと

考えています。

私がインターネットを本格的に始めたのは約25年前ですが、その頃の広告の数と比べると

明らかに増えている実感はあります。

気になる記事を読んでいても、気になる人のSNSを見ていても、

途中で広告が挟まれるとそれだけで脳が疲れます。

(私が当ブログにほとんど広告を貼らないのは、読む人に疲れを感じさせたくないからです)

そして、欲求を刺激する方法もどんどん進化していますね。

昔のようにあからさまな広告だったら見向きもしないのですが、

人の本質的な不安(お金・人間関係・健康)を煽るタイトル、

人に焦りを感じさせるようなタイトル、

他人と比較をさせようとするタイトル

が並び、思わずクリックしてしまうようなものばかりです。

元々人間は欲望の塊(だからこそ資本主義で生き残れたと思うのですが)なので、

これらを意図的に無視することは難しく、非常にストレスが溜まります。

③知らないうちに競争・比較を呼び起こすから

FacebookやTwitterが流行る前は、「mixi」という会員制のSNSが流行っていました。

このときは、平和なコミュニティだった気がします。

会員制なので、知っている人しか入れませんので基本的に荒らしは起きません。

Facebookに多い変な営業や勧誘なんかもきません。

いまのように少数のインフルエンサーがいて、あとはフォロワーといったことも起きず、

文字通りリアルでも関係のある、序列もない、ゆるいつながりができていた気がします。

一方いまのSNSはフォロワーの数で競ったり、

有名インフルエンサーに絡んで売名行為をしたり、

ネットでの誹謗中傷が問題になったりと

いやでも競争・比較を呼び起こす負の側面が大きくなってきました。

もちろん、

SNSをはじめとしたインターネットのサービスは私たちに

ものすごい利便性を与えてくれたのは間違いないのですが、

同時に起きたこのような「負の部分」にも目を向けるべきだと思っています。

このような環境では、

少なくとも人の精神の拠り所である「イドコロ」には到底なり得ない、と感じます。

ネット以外にイドコロを複数持つ

色々ネットの負の側面を書きましたが、このデジタル時代にネットを一切絶つというのは現実的ではありません。

したがって

ネットはネットで便利な部分のみを利用しつつ、

そのほかにもイドコロを複数持っておくのが良い選択肢と考えています。

上記の本では、

フォロワーが何人いるとかどんな仕事をしているだとか関係なく、

趣味の集まりや公共空間、小さなお店などが正気を保つ場所として提案されています。

イドコロはなにも人と交流する場所とも限らず、

例えば人の少ない公園や図書館などでも良いと書かれています。

リモートワークで今日誰とも話していないな、と感じたら近くのコンビニへ行くとかでも

全然違うと言います。

ある意味リスク分散ですね。

どうしても一つのイドコロ(例えば家族や仕事、SNSなど)に

依存すると苦しくなってしまいますので。

コロナもあって人と交流するのが難しい時代ですが、

上手くイドコロを複数作って、この大変な時代に精神を保つ術を見つけたいですね。

 

まとめ

ネットに「イドコロ」は求められない理由を書いてみました。

ちなみに私のイドコロはどこかなあ、と考えたところ

仕事とネット(ブログ・SNS)以外では

趣味のハンドメイド(でもいつもひとりで創作)、植物と戯れる時間(これもひとり)、自分より1世代若い世代(息子)との交流

ということで限定的なので笑、

もう少しイドコロを作りたいです。

 

編集後記

週末は、植物を植えたり、新しいミシンを購入したり。

 

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