神様は平等に時間を与えてくれるわけではないということを実感。ベクトルが合ってれば後悔しない気がする
3/162018
カテゴリー:時間の考え方
先日編集後記にも少し書いたのですが、関与していたお客様が突然交通事故で急逝されました。
今日はその方と初めてお話しした喫茶店で書いています。
人間に唯一平等に与えられるのが時間。
そんなことをよく聞きますが、今回のことでそうとも言えないな、神様は平等に時間を与えてくれるわけではないんだな、ということを実感しています。
だからこそ今を本気で生きなければいけないな、と感じています。
事業を閉めて就職するために依頼してきてくれたお客様
急逝されたお客様は、大学院を卒業して輸出事業を行っていた25歳の男性でした。
しかし始めてはみたものの、原価割れがおき
利益がほとんどでない状況が続いているとのことでした。
経営の知識もなく、初めてしまった結果を
「数字を見せるのもお恥ずかしいくらいです」と言っていました。
事業を進めていく中で一度も社会に出ていないことが不安になり、
事業をスムーズに閉鎖させたいと思い私に依頼してきてくれたようです。
その潔さに私は是非力になれればいいなと思い、
事業を閉鎖するまでのお手伝いをすることになりました。
これからというときに先が急に絶たれることもある
年明けに税務調査の連絡が入り、お客様も動揺していましたが
必要な書類を伝え、無事乗り切れました。
インターネット通話でお話して安心した様子がとても印象的でした。
そして今年の2月16日に最後の所得税の申告書を提出して無事事業を終わらせる予定でしたが、
その前の週の2月5日にその方は突然事故で亡くなってしまいました。
事業閉鎖も無事完了し、これから、というときだったのに悔やまれます。
「こうありたい」ベクトルを持って生きたい
こういったことを経験して
「人間いつどうなるか分からないからやりたいことは今やっておくべき!」
と思うかというとそうでもありません。
短期的に考えるのは間違った方向に流されるのでは、と思っています。
それよりは「こうなりたい」「こうでありたい」というベクトルだけ毎日意識していれば、いつ何があっても後悔しないのではないかな、
と思っています。
多少のブレは全然問題ないと思います。ベクトルさえ合っていれば。
一番後悔するのは「できない」と自分で決めつけて、したいことにベクトルを向けないことだと思います。
まとめ
自分よりもずっと若くて将来有望な方が身近で亡くなったことをきっかけに、今を生きることを考えるきっかけとなりました。
編集後記
今日は、午前中法人の決算・申告業務、午後は美容院へ。
伸ばし放題、くせ毛たっぷりの髪が綺麗にカットされてすっきりです。
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