独立後は、平日仕事が一段落したらライフを楽しむ時間をとることが多くなりました。

先日は、平日に息子と一緒にディズニーランドへ。平日に楽しむことにもだいぶ慣れてきました。

特に罪悪感もありませんでした。

平日、ライフを楽しめるか・ライフを楽しむ人を見てどう感じるかが、その人の人生のひとつのバロメーターになると思います。

独立前、平日仕事しないことに罪悪感があった

勤務時代、有給をとってちょくちょく休んでいました。

 

そんな日は特に重要な仕事がなくても、「休んだ」という罪悪感がありました。

したがってそんな日は「誰かに会っちゃまずい」などとほとんど外出せず、家にこもっていたものです。

SNSはそもそも独立前はしていなかったし、完全オフライン状態でした。

実際会社員が1日休んだくらいでなにか変わるわけじゃないんですけど・・(そうでなかったら会社回らないですよね)

会社を休んだ日は仕事のことを一切考えないようにしていました。

逆に、休みの日に会社に出て仕事をすると「なんで休みの日に仕事をしてるんだろう」となんともいえない虚無感に襲われました。

つまりは仕事をしている時間=我慢 仕事をしていない時間=ご褒美

という図式が成り立っていたんだと思います。

こうなると、人生の多くの時間を費やす時間が我慢だらけになってしまいます。

ワークとライフを無理に分けようとするからひずみが生まれる

こういったひずみは無理にワークとライフを分けようとするから生じるのでは、と今では思っています。

私はとうの昔にワークライフバランスは諦めました。

子供が小さいときに外で働いてみて、「これは無理ゲームだ」と思ったからです。

「会社を休む」ことに罪悪感をもっていたら、時間に制限のある人が外で責任ある仕事をすることに精神的にも肉体的にももちません。

(私は無理でしたので、正社員・非正規社員などを転々とした挙げ句独立しました)

時間と場所に制限のある働き方は、私には合っていませんでしたし、そういった働き方を続けていけば「仕事=我慢」のマインドは変わらず、人生後悔するな、と感じました。

したがって勤務時代から「どうすれば時間と場所に制限ある働き方から開放されるか」ということばかり考えていました。

そしてその手段として思いついたのが、フリーランスとして独立すること。

実際にフリーランスとして生きてみて、まあ色々ありますがワークとライフがごっちゃになった今の人生にとても満足しています。

人間は機械じゃないのだから、仕事は仕事、プライベートはプライベート、とそう簡単に分けられるものじゃないと思っています。

しかも9時5時の時間区切りで。(チャイムなってる会社がそういえばあった)

平日、楽しむ人達を見てどう感じるか

平日、仕事も含めてライフ、ということで一緒に楽しんでしまうことにだいぶ慣れてきました。

同時に、周りの人たち(お客様、同業者の方など)が平日ライフを満喫されている様子をSNSで見ることが楽しくなりました。

むしろそういった様子が見えないと、「忙しいのかな?大丈夫かな」と思うくらいに。

もし今でも会社員であったら、そういう人たちを見たら

「私とは世界が違う人たちなんだ」

と思っていたと思います。

独立後も自分の意にそぐわない仕事をしていたら、

「私はこんなに働いているのにこの人たちは・・ぶつぶつ」

と人を羨み、劣等感に苛まれていたでしょう。

学校、会社を通じて「時間で管理される」ことを叩き込まれた人間にとってはこういったマインドを捨てることは難しいです。

しかし、平日にライフを楽しむ人がもっと増えれば徐々にそっちのほう(平日にライフを楽しむ人がいる状況)が主流になっていくはずです。

ちょうど働き方の過渡期である今、「仕事も含めたライフ」を楽しんでいる人が積極的に発信していくことが大事ではないかと思っています。

まとめ

自分の生き方に満足しているのであれば、平日周りの人たちが会社へ行っているときに楽しんでも、平日に楽しそうにしている人がいても気にならないはずです。

生き方のバロメーターとして「平日会社を休んで楽しめるか」「平日楽しそうにしている人たちを見てどう感じるか」を考えてみること、おすすめします。

編集後記

ずっと行きたかった同業者の方のセミナー申込を!楽しみです。

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