臨床心理学者、臨床心理士・公認心理師の

東畑開人さんの『聞く技術 聞いてもらう技術』という

本が身に染みたので、タイトルのお話を今日は書きます。

※コーヒー片手にのんびりできる心の余裕は欲しい

対話はお互い余裕がないとできない

反ワクチン運動、国葬の賛否など、

「分断」という言葉が身に沁みる時代に、

「対話」は非常に大切なことだと思います。

 

でもこの対話って、当然ながらお互い心の余裕が

なければできないんですよね。

 

東畑さんも、

心が追い詰められ、脅かされているときには、僕らは人の話を聞けません。

と書いています。

 

確かに、給料は上がらないし、暗いニュースばかりだし、

会社では嫌な上司もいるし・・といった状態で心に余裕は持てません。

 

では、どうすれば良いか。

まずは、自分の話を誰かに聞いてもらうことが大切

と東畑さんは書いています。

 

人の話を聞くには、自分の話を聞いてもらわなければならない

最初、この「まずは自分の話を誰かに聞いてもらうことが大切」

という考えは、わたしにはあまりピンときませんでした。

 

時間的、経済的な余裕さえあれば人は元気でいられるんじゃないかって。

 

でもふと自分を思い返してみると、

それなりに時間・経済的に余裕があっても、

生きていく中で

大なり小なり抱えているものはあって、

それを少しでも誰かに話すことで楽に

なることがありました。

(それはリアルに会っておしゃべりするだけでなく、LINEなど文字でのやり取りでも)

 

基本的に

「人の時間を奪ってはいけない」

と考えている人間なので

「ねえねえちょっと聞いて!」

というタイプではないのですが、

身近な人にポロッと本音をこぼした後は

とても楽になります。

 

でもそれが「人の話をちゃんと聞く」ために

必要なこととは思っていませんでした。

 

「聞く」だけでは機能不全に陥る

仕事柄、相談を「受ける」ことが多く、

「聞く」ことに関しては割と得意だと思います。

 

でも、「聞いてもらう」のはかなりの不得手であると

気づきました。

  • 迷惑がられるんじゃないか
  • 下に見られるんじゃないか
  • 弱みを見せたくない

などなど余計なことを考えすぎて。

でも確かに、「聞く」ことばかりしてると、

自分が吐き出していない分機能不全に陥りやすくなって

しまうんじゃないかと。

 

著者の東畑さんも、普段は心理士として「聞く」仕事ばかりだけど、

「聞いてもらう」こともきちんとしているようです。

もちろん誰彼構わず重い話をするのはどうかと思いますが、

ちょっとしたことでも「ちょっと聞いて〜」と

人を頼り、そして「ちょっと聞いて〜」と誰かに

言われたときに余裕を持てることが、

この分断された世の中をよくするひとつの手立てなんじゃないかと思った次第でした。

(そういう意味では、昔の井戸端会議って意味があったのかもですね)

 

まとめ

東畑開人さんの『聞く技術 聞いてもらう技術』を読んで、

人の話を聞くには、自分の話を聞いてもらう必要がある

ということが心に響いたので書いてみました。

聞く→聞く→聞く・・・の連鎖で世の中がもっと優しくなれば、と願っています。

 

編集後記

今日は、台湾人の方からご相談。

日本で活躍している外国人の方も多いです。

 

最近のあたらしいこと

成城石井 海老と鶏肉のナシゴレン

成城石井ファンの私にとっては外せない一品となりました!うっま〜

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