目に見えない、手で触れられないネットマナーは、子供のうちに身につけさせたい

目に見えない、手で触れられないネットマナーは、子供のうちに身につけさせたい

炎上させる人は普段どんな人かが気になる

インターネットで、たまに「炎上」していろんな人が言いたい放題となっている状況を見かけたことがあります。

私は、いつもそういうものを見ると

「こういう書き込みをする人たちは普段どのような生活をしている人なのだろう?」

と想像してしまいます。

職場で周りからとても評判の良い方だったり、子供たちの憧れの先生だったり、良き親なのかもしれない・・。

そんなことを考えると違和感でいっぱいになってしまいます。

身体よりも脳の方が攻撃的

先日読んだこの本に、そんな違和感について気づきがありました。

 

内容的には、親と子の関係について、精神科医である名越康文さんと、仏文学者である内田樹さんが様々な角度から洗い直す本です。

その中で、

最終的に人間の攻撃性をドライブ(活発化)させているのは身体じゃなくて脳

ということが書かれていました。なるほどな、と思いました。

よく子供同士の喧嘩で殴り合って、片方が追い詰められると片方はそれを見て自分の攻撃性を抑制するシーンってありますね。

「こ、今回は許してやる」みたいな。

誰かを攻撃する場合、その相手が目の前にいればなんらかの痛みを自分でも感じると思います。拳が痛かったり、心が痛かったり。

でもインターネットにようなデジタル・記号の世界ではそのような痛みがない。その情報を受け取る相手が目の前にいないからです。身体の抑制が効かない分、脳の歯止めがなくなってしまうのだと思います。

脳は暴走してしまう、それを止めるのが身体なのだと思います。

目に見えない、手で触れられないものに対するマナー

インターネットで世界中と繋がることができるようになった現在、便利さは向上した反面、目で見えない、手で触れられないものに対するマナーの重要性はもう少し議論されていもいい気がします。

普段歩いていて見知らぬ人にいきなり批判するなんてことはないですよね。でもインターネットではそれが簡単にできてしまう。

こんな現象を著者の仏文学者である内田さんは「自我の異常な拡大感覚」とこの本で書いていました。

世界が広がり、人間の可能性を増やしていくことは、良いことばかりでもないと言っています。

見で見え、手で触れるものに対するマナー(例えば電車内で高齢者の方に席を譲るとか)は認知されていますが、見で見えない、手で触れられないものに対するマナーはあまり認知されていません。

ネット上で自分とは違う考えを見かけた場合。何か批判する前に、目の前に生身の人間がいても同じことをするか、立ち止まって考えてみると良いでしょう。

デジタル化が進んでいる時代がからこそ、人間の五感(視る・聴く・嗅ぐ・味わう・触る)に敏感になり、自分・他人の痛みに敏感になることは大事だと思います。

それも、成人前の子供時代に学ぶべきことかと。学校ではあまり教えてくれなさそうですが・・・

まとめ

精神科医の名越康文さんは、基本的にネット上の批判は一切受け付けないとか。「文句ある奴は家へ来い」と書かれていました。誰も来ないだろうな(^^;;

編集後記

昨日は、お客様と定期面談。

いつもブログを読んで参考にしてくださるとのこと、ありがとうございます。

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読書「14歳の子を持つ親たちへ」内田樹、名越康文さん著


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