震災から9年。あらためてあのとき学んだことを思い返す

震災から9年。あらためてあのとき学んだことを思い返す
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本日3月11日は東日本大震災があった日です。

あれから9年。

あらためてあのとき感じたことを思い出して

身を引き締める方も多いのではないでしょうか。

私にとっても大変悲しい出来事ではありましたが、

あのとき学んだことを思い返します。

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※ブログも、独立も、人生も楽しむ※

帰宅難民になり、品川から横浜まで9時間歩きました

当時、品川にある会社に勤めていました。

揺れがあったときに「これはまずい」と思い、

子供(当時小学2年生)が心配で自宅に電話してもつながらず。

電車ももちろん動いていなかったので、自力で帰ることに決めました。

幸い、夫も品川で働いていたので合流でき、その後9時間かけて

2人で自宅まである横浜まで歩きました。

そのときに履いていた靴が、よりによってヒールの高いブーツ・・・

最後は夫にひっぱられるような形で25時近くに自宅到着。

子供も運良く祖父母が見てくれており、難儀を得ました。

しかしその後の混乱(物資不足)、余震、悲しいニュースの嵐に

色々と今後の人生について考えるきっかけになりました。

人生(時間)は有限である

まず、人生(時間)は有限であること。

母親が若くして亡くなっているので、人より意識しているつもりですが、

あの震災以降、より強く感じるようになりました。

明日が来る保証なんてどこにもないんだな、と。

そんなこともあり、最近はエンディングノートも随時更新しています。

エンディングノートを書いてみた。「どう生きるか」を考えられるのでお勧め

やりたいことを先延ばしにするようなことはせず、人生を存分楽しもうと。

そして、人に感謝することも忘れずに。

明日、その人がいるかどうかも保証はないですし。

資源は有限である

震災のあと、お米やトイレットペーパーがお店から姿を消したことを記憶しています。

それまでは

  • 家から徒歩5分以内にコンビニが数件ある
  • コンビニにはなんでもおいてある
  • ネットスーパーがいつでもきてくれる

ことを当たり前に思っていましたが、

資源は有限であるという当たり前なことを思い知らされました。

今回のコロナでも起きたトイレットペーパー不足。

「困る」と感じる一方で、再度教訓になりました。

普段が使いすぎなんだと。

私は買いだめしないタイプなので本当に数ロールしか家になく

気が気じゃなかったのですが、

気をつけて使った結果、いまだにその数ロールが残っています。

(既にトイレットペーパーは数日前に1パック買うことができました)

物資だけでなくエネルギーも使いすぎと感じています。

買い占め、過剰使用など「自分だけは」と思う気持ちが

かえって自分を苦しめることになる。

↓マスクも手作りしてます

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「自分は誰も頼りにせずひとりで生きている」

なんて大きな勘違いで、

私達は自然、周りの人含めて「共同体」の中で生きていることを

もっと自覚しなければ。

そんなことをあの震災で、学びました。

 

まとめ

9年前の震災で、

「人生(時間)は有限である」

「資源は有限である」

ことを学びました。

皆さんは、9年前の震災でどのようなことを学びましたか?

あらためて思い返してみて、

忘れない、風化させないことが大切だと思います。

 

編集後記

昨日は、午前中仕事をして午後はひと休み。

カフェでひたすら読書したり、パーツを買ってネックレスを作ったりしました。

最近のあたらしいこと

加湿器用アロマオイル


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