子供に「人に迷惑をかけない人になってほしい」とは思わない理由

子供に「人に迷惑をかけない人になってほしい」とは思わない理由
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「人に迷惑をかけてはいけない」

という考えは、日本人の美徳として行き渡っています。

私も、小さい頃から「人様の迷惑になるようなことはするな」と親や、先生に言われてきました。

人と違う行動は慎み、

行列にきちんと並び、

子供が小さいときは騒ぐとまずいのでなるべく電車に乗らずに、

社会人になりたての頃は苦手な飲み会に行き、

空気を読んで上司にお酌してました。

ただ、

親が子に対してどう育ってほしいかという問いに対して

「人に迷惑をかけない子に育ってほしい」

という回答を聞くとどうしてもひっかかってしまいます。

私自身は、いま子供に対して全くそう思ってはいません。

その理由について今日は書いてみます。

※小さな子どもは周りに迷惑をかける代表ですが・・※

「人に迷惑をかけるな」が一番ではあまりに主体性がない

まず、「人に迷惑をかけない人になってほしい」

という願いは、あまりにも主体性に欠けるし、

それが一番の願いってどうなのかなあと思っています。

「人に迷惑をかけない」が一番になってしまうことにより、

「自分は本当は何がしたいのか」

といった子供自身の主体性が失われてしまうのではないでしょうか。

迷惑と思うかどうかは自分ではなく、他人が決めることです。

その他人の基準で生きていくことは、

自分への肯定感をも失わせていくことだと思っています。

人は人(人以外にも)に迷惑をかける生き物

そもそも人は人に迷惑をかける生き物だと思っています。

生まれてから死ぬまで、私達は常に誰かに迷惑をかけているはずです。

見えるところでも、見えないところでも。

私の例でいうと、

乳幼児の頃、熱ばかり出していたようで母親に迷惑をかけた。

小学生のとき、自転車で思い切り人にぶつかって迷惑をかけた。

高校生のとき、バイトで接客がよくわからず店主に迷惑かけた。

社会人になって、仕事で失敗ばかりして先輩に迷惑かけた。

母親になって、泣く子供を上手くあやせずにバスや電車で人に迷惑をかけた。

・・・そして、これから年をとっていけば体にガタが生じ、更に多くの人に迷惑をかけるでしょう。

迷惑をかけているのは人だけではありません。

人以外のものにも日々迷惑をかけているんですよね。

私が今住んでいるこの家から流す洗剤や下水は大地を汚しているし、

ゴミも毎日出して環境を汚しているし。

 

そう考えると「誰かに迷惑をかけない」生き方はできない。

というシンプルな結論に達します。

迷惑をかけない人ではなく、迷惑を許せる人になってほしい

もちろん、傍若無人に振る舞え、ということではありません。

「人に迷惑をかけない」と思う気持ち自体は素晴らしいことだと思います。

ただ、それが行き過ぎると「他人に対して不寛容」になってしまうのではないでしょうか。

今の日本ではびこる「監視社会」(他人の行動に対して過敏に反応し、少しでも「普通」と外れていると攻撃する)は他人に対する不寛容から生じていると感じます。

ですので、私は子供に

「人に迷惑をかけない人」ではなく、

「迷惑を許せる人」

になってほしいと思っています。

自分自身も失敗をいっぱい経験し、人に迷惑をかける。

それと同じくらい人からも迷惑を受ける。

持ちつ持たれつお互い様、といった精神が寛容な世の中を作っていくのではないでしょうか。

大事なのは、お互いを「想像する気持ち」と、「許せる気持ち」です。

 

まとめ

子供に「人に迷惑をかけない人になってほしい」とは思わない理由について書きました。

ここ最近、日本人の美徳である「人に迷惑をかけるな」が行き過ぎて

色々な弊害がでている気がします。

自分は他人に迷惑をかけるし、他人も自分に迷惑をかける。

それくらいゆったりとした気持ちで過ごせば

毎日ストレスなく過ごせるのではないでしょうか。

 

編集後記

昨日は、1日書籍のゲラチェックを。

根気が必要ですが初稿の段階でなるべく完成形にしたいです。

 

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